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2010Jリーグアウォーズ
ピクシー、最優秀監督賞おめでとう!

※元Jリーグ選手による最優秀監督賞受賞は2人目。
[2006年 ブッフバルト(浦和)]
<参考>ストイコビッチ氏は、最優秀選手賞:1回(1995年)、
ベストイレブン:3回(1995、1996、1999年)を過去に受賞。


最優秀選手賞は楢崎正剛
GKの最優秀選手賞受賞は史上初。 おめでとう!

ベストイレブンには名古屋の選手が5人
楢崎正剛、田中マルクス闘莉王、増川隆洋、ダニルソン、ケネディ(兼得点王)

ここ↓で受賞スピーチが見られます
2010Jリーグアウォーズ(Jリーグ公式サイト)

ピクシー、最優秀監督賞 妻にありがとうのキス(中日スポーツ)
楢崎、史上初!GK“MVP”(中日スポーツ)
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by yuzuru_yuyu | 2010-12-06 22:50 | grampus+j
名古屋グランパス優勝!
名古屋グランパス、初優勝!

Nagoja, šampion!

名古屋グランパスがJ1初優勝 創設20年目で悲願達成(中日スポーツ)
ストイコビッチ監督の一問一答(中日スポーツ)

Piksi osvojio titulu sa Nagojom! (B92)
Krunisan Piksi - japanski car (MONDO)
Piksi za istoriju (Vecernje novosti)
Piksi doneo Nagoji šampionski pehar (Glas javnosti)
Стојковић довео Нагоју до титуле (RTS)
Piksi sa titulom ide u Arsenal (Blic)
  ↑ピクシーがタイトルと共にアーセナルへ…
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by yuzuru_yuyu | 2010-11-20 16:12 | grampus+j
ジュロフスキ・コーチのインタビュー
Vecernoj novosti紙のジュロフスキ・コーチのインタビュー

我々はほとんど同じチームではいられない。とても素晴らしい3選手を連れてきたからだ。
浦和から帰化ブラジル人ストッパーの闘莉王、札幌からコロンビア人MFのダニルソン、
大分から代表の金崎。先シーズンのメンバーと共に、ストイコヴィッチとフロントは
優勝のタイトルを目標として掲げている。我々にはACLの負担がなくなるだろうから。

・ダニルソンの加入で、マギヌン、ブルザノヴィッチと外国人枠が埋まった

シーズン途中で加入したことを思えば、ブルザはとても良く順応した。
次のシーズン、共にトレーニング期間を過ごせば、自分の才能を示すだろうと
期待している。バヤリツァはセルビアへ帰った。

・名古屋にはワールドカップの代表となるであろう選手たちがいる

楢崎、闘莉王、玉田と金崎は日本代表として、ケネディはオーストラリア代表として
プレイするだろう。彼らと共に、オランダへ移籍した吉田も。

・オフ期間も勉強のために過ごした

ピクシーはロンドンに滞在し、チェルシーとアーセナルを訪問した。
私は5日間ジュネーヴにいた。FIFA、UEFAのインストラクターである古い知人と
会い、トレーニングを見学し、文献を手に入れた。

・セルビア選抜は4月7日に日本へいくだろう

ピクシーは日本でかなりの影響力を持っている。だから、この試合もほとんど数分で
組織された。この国ではまさしくイコンなんだ。最新の情報によれば、試合はおそらく
名古屋の我々のスタジアムで行われるだろう。
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by yuzuru_yuyu | 2010-01-28 21:27 | grampus+j
ブルザノヴィッチのインタビュー
Vijesti紙のブルザノヴィッチ インタビュー訳(意訳・誤訳御免)

・モンテネグロ代表に召集されなくなったのは、2008年9月のブルガリア戦での
 ヴチニッチとの喧嘩が原因との話について

今はそれが理由だと100%確信している。何が起こったのかといえば、
彼が僕を侮辱したのであって、僕が彼を、じゃない。
試合の後すぐに僕は代表を離れたいと思ったけれど、仲の良かったチームメイトが
そんなことをするなと言ってきた。僕も余計な緊張状態はつくりたくなかった。
翌日、ヴチニッチが僕に謝ってきて、その後監督とチームメイトと会合をもった。
僕達は誤解をしていた。少なくともそう見えた。

・その後召集されなかったブルザノヴィッチが、代表の雰囲気は良くないと言い、
 フィリポヴィッチ代表監督を批判したことについて 

その時はそう思ったから言った。それは皆も知っていることで、僕はそれを言ったまでだ。
僕は代表で100試合プレイするだろうと思っていた。
結局7~8試合プレイしただけで、たぶんもうひとつもないだろう。
何か言うべきことがもっとあるのかもしれない。でも、問題を起こしたくない。
僕は今のキャリアに満足しているから。
フィリポヴィッチについては、彼とはいつも良い関係にあった。
彼はあのトラブルの後、僕を呼ばなかったし、何の理由も説明しなかった。
繰り返すけれど、彼は代表について何も考えていないと僕は思っている。

代表ではなにひとつ間違った歩みはしていなかった。いつも100%尽くしてきた。
サッカーをするものは誰もが自分の試合ではその時のベストを尽くすものだ。
僕はできる限り最良のプレイをした。

僕がモンテネグロ代表でなかったら、おそらく名古屋へは行かなかった。
あちらでは僕はツルヴェナ・ズヴェズダの選手としてではなく、代表選手として
知られている。
だから、正直に言うとデヤン・サヴィチェヴィッチにもゾラン・フィリポヴィッチにも
感謝している。彼らはある意味で、遠い日本でのチャンスを可能にしてくれたから。
僕は遠くにいる。現実的に、今召集されても、日本から帰って充分な準備をすることは
難しいだろう。
でも、もちろん、誰かが僕を必要だと思ってくれるなら、いつでも僕は代表のために戻る。

・名古屋への移籍について

それは僕の人生で最高の選択だった。
どれほど満足しているか、表すことができないほど。
大きなクラブでプレイしているけれど、サッカーを楽しんでいる。
ズヴェズダやブドゥチノストとは全く違って、それほどのプレッシャーはない。
もちろん、とても高い要求はある。
でもすべての敗戦は普通のことだし、すべての勝利も同じことだ。

・名古屋はリーグ9位だったが、天皇杯決勝とACL準決勝まで進んだ

クラブの歴史上最も成功したシーズンだった。トロフィーに近づいたけれど、
何も獲得できなかった。でも新しいシーズンはどの予想でも僕達はタイトルの
有力候補だ。僕達は最強のチームであり、正しい補強の新しい3人の選手が来るし、
素晴らしい監督がいる。僕はとても楽観的なんだ。

・今後のプランについて

できるだけ長く名古屋に残りたい。
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by yuzuru_yuyu | 2010-01-24 23:00 | grampus+j